山口県の維管束植物の概要

 植物の分布を左右する要因としては、気候(主として気温、降水量)、地形、土地、動物及び人間があり、これらが互いにからみ合って影響を及ぼしている。

 山口県は気候的には、瀬戸内海沿岸部、内陸部、日本海沿岸部に分けられるが、平均気温は12-16℃、年降水量は1,600mm-2,300mmで比較的温暖である。

 地形的には、海岸域から200mくらいまでの丘陵地と、200mくらいから700mまでの低山地が多くを占めており、県境の西中国山地が800mくらいから1,000m少しの標高しかない。最高地の寂地山が1,337mである。

 植生の面からみると、自然植生では、年間降水量の少ない瀬戸内海沿岸部の一画には、乾燥に適応したと思われるウバメガシ群落、日本海や瀬戸内海沿岸部にはシイノキ群落が優占する。内陸部の多くがアカマツ・コナラ林であったが、現今はスギ植林やヒノキ植林に置き換えられてきている。標高の高い地域にはミズナラ・ブナ群落がわずかにみられる。

 次に、植物相(フローラ)の立場から県内の分布の状況を概観してみると、以下のようになる。

1 地理的分布

(1) 亜熱帯・暖温帯要素

分布の中心が中国南部、台湾、琉球列島、九州などにあり、本県が北限~北限地域になっている種類。本県で限止するものがかなり見られる。

例えば、ヒモヅル、ツルホラゴケ、エダウチホングウシダ、タマシダ、シマシロヤマシダ、ヤクシマワラビ、ハチジョウカグマ、タカノハウラボシ、ホウライイヌワラビ、クワノハエノキ、ツルコウゾ、アコウ、カカツガユ、ミヤコジマツヅラフジ、ミヤマトベラ、シバネム、タチバナ、ハマセンダン、ヒゼンマユミ、フシノハアワブキ、ハマボウ、ツルコウジ、ツルマンリョウ、ホザキザクラ、シマモクセイ、ルリミノキ、ハクサンボク、オオカラスウリ、ウスベニニガナ、ハマオモトなど多くの種類がある。

(2) 冷温帯要素

分布の中心が日本列島の北中部の冷温帯地域にあり、本県及び周辺地域が西南限地域になる種類。

例えば、オシダ、ホソイノデ、ホクリクハイホラゴケ、ヘイケイヌワラビ、バッコヤナギ、サワシバ、フクジュソウ、オオヤマレンゲ、ナガミノツルケマン、オオヤマザクラ、メグスリノキ、サラサドウダン、ミヤマウメモドキ、ミツガシワ、タチカメバソウ、エゾニガクサ、クロイチゴなどがある。

(3) 日本海要素

起源は冷温帯地域と思われるが、日本列島の特に日本海側に濃厚に分布するもので、積雪と関連した起源を持つ種類。

例えば、ミヤマイラクサ、スミレサイシン、エゾオオバコ(海浜)、ムラサキマユミ、ヒョウタンボク、チャボガヤ、ハイイヌガヤ、アシウスギ、ハマムギ、ハマニンニク、ニシノホンモンジスゲなどがある。

(4) 表日本要素

主として日本列島の温暖帯地域の太平洋側に濃厚に分布する種類で、地史と気候に関わる種類を含み、四国との関連が濃厚と考えられる種類。

例えば、テバコワラビ、タカネハンショウヅル、シロモジ、ギンバイソウ、ハスノハイチゴ、シコクスミレ、ヒロハドウダンツツジ、ハナタツナミソウ、テバコモミジガサ、コウヤマキ、アオテンナンショウ、オモゴウテンナンショウなどがある。

(5) 本州西部、四国、九州地域に限産する種類

例えば、ヒメウラシマソウ、サンヨウアオイ、タイリンアオイ、ウラゲウコギ、アラゲナツハゼ、ニシノヤマタイミンガサ、ノジギク、ツクシガシワなどがある。

(6) 大陸系要素

中国東北部、朝鮮半島に関連する種類と思われるもの。環日本海要素を含む。

例えば、ノヤナギ、イワシデ、コバノチョウセンエノキ、ケグワ、タンナトリカブト、ヤサカブシ、コウライタチバナ、マンシュウボダイジュ、モクゲンジ、ゲンカイツツジ、ホソバママコナ、クルマバアカネ、ダルマギク、ヒゴタイ、エヒメアヤメなどがある。

2 基岩土壌・地形的分布

(1) 石灰岩地

県内には秋吉台ほか数箇所の石灰岩地があり、目立った種類もある。

例えば、キドイノモトソウ、ケキンモウワラビ、オニイノデ、タチデンダ、イチョウシダ、クモノスシダ、タキミシダ、イワツクバネウツギ、アキヨシアザミ、ホザキザクラ、アカネスゲなどがある。

(2) 安山岩地

瀬戸内海側の海岸域や島嶼の安山岩の風化した場所にやや特徴ある種類が見られる。

例えば、ヒメウラジロ、コガネシダ、ビロードシダ、イワギリソウ、セトウチギボウシ、キハギ、イワシデなどがある。

(3) 塩湿地

古くは瀬戸内海側の河口付近に発達していたが、現在では埋立が進行して、ごくわずかしか残されていない。日本海側ではもともと少なかったものと思われる。

この環境では、ハマサジ、ホソバノハマアカザ、ヒロハマツナ、ウラギク、フクド、シバナが見られる。

「絶滅危惧種」選定

現在、県内で記録された維管束植物は約3,500種類(自生のほか、帰化を含む)である。この中の自生植物から下記の選定基準と段階基準(およその株数と減少率)によって「絶滅危惧種」を選定した。

〔選定基準〕

1 本県特産種類(全国レベルで本県特産種類である。)

2 国内局限(全国レベルで生育地が局限されている、または個体数が少数である。)

3 県内局限(全国レベルでは危機状況ではないが、県内では生育地が非常に局限されている、または個体数が少数である。)

4 分布の限界(全国レベルでの北限~北限地域、南限~西南限地域の生育地である。)

5 園芸等の採取圧が極めて高いもの。

〔段階基準〕

下記によって5段階に分けてランクをつけた。

1 絶滅(EX)
県内ではすでに絶滅したと考えられる種類
2 絶滅危惧Ⅰ類(CR+EN)
絶滅の危機に瀕している種類
① 個体数が極めて少ない(産地が数箇所あっても)
② 産地が極めて少ない(個体数は多数あっても)
③ 残存株数およそ50株以下と思われるもの
  a 絶滅危惧ⅠA類(CR)
    30株以下または、ここ10年以降のおよその減少率が80%以上と思われるもの。その他、県内では消滅したと思われる可能性の高い種類。
  b 絶滅危惧ⅠB類(EN)
    50株前後または、ここ10年以降のおよその減少率が50-80%程度と思われるもの
3 絶滅危惧Ⅱ類(VU)
絶滅の危機が増大している種類
   ① 個体は各地に少数生育するが、近年の開発工事、植生遷移などで減少が著しい状況にあると思われるもの。
   ② 残存株数およそ50-500株程度、または、ここ10年以降の減少率が30-50%程度と思われるもの。  
4 準絶滅危惧(NT)
残存基盤が脆弱な種類
   ① 個体数は普通に見られるが、全国的に見ると減少傾向があり、今後注意する必要があるもの。
   ② 残存株数が500株以上であるが、ここ10年以降の減少率が20-30%程度と思われるもの。
   ③ 株数は多少残存するが、園芸採取等で多く減少すると思われるもの。環境省の指定種を若干考慮したもの。
5 情報不足(DD)
評価するだけの情報が不足している種類
  

以上の経過によって、絶滅(EN)2種、絶滅危惧ⅠA類(CR)306種、絶滅危惧ⅠB類(EN)118種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)211種、準絶滅危惧(NT)78種、情報不足(DD)31種の計746種を選定した。

最後に、レッドデータブック作成にあたり、現地調査への協力、貴重な調査記録や文献の提供をいただいた多くの方々に対し、この場を借りてお礼申し上げる。

【執筆者:南  敦】