山口県のほ乳類の概要

 本州の西端に位置する山口県の最高峰は寂地山(1337m)で、島根県・広島県境には1000mを超える山々があるが、中央部から西部にかけては、標高600m~700mの山地から丘陵部が広がっている。県の約7割が森林でおおわれており、落葉広葉樹から照葉林までの多様な植生があり、森林部を生息地とするほ乳類には安定した生息環境を提供している。遺伝子解析により、山口県のニホンザルは南日本タイプ、ニホンジカは西日本タイプに区分され、ヤマネやコウベモグラについても九州と同一のタイプとされるなど、九州に生息する個体群との関係が深く示唆され、現在の山口県のほ乳類相がどのように形成されてきたのかが推測できるようになってきた。

 山口県の陸生ほ乳類は、情報不足種や移入種を含め、モグラの仲間であるトガリネズミ形目2科6種、コウモリの仲間である翼手目3科14種、ネズミやリスの仲間である齧歯目4科13種、霊長目1科1種、兎目1科1種、クマやタヌキの仲間である食肉目4科8種、ニホンジカやイノシシの仲間である偶蹄目3科3種、計46種が生息していると考えられる。

 レッドデータブックカテゴリーに基づき、絶滅危惧ⅠA類(CR)1種、絶滅危惧ⅠB類(EN)1種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)5種、 準絶滅危惧種(NT)6種、情報不足(DD)8種の計21種を選定した。選定種の21種のうち、ツキノワグマを除く20種は、体重300g以下の小型ほ乳類である。

 絶滅危惧ⅠA類に選定されたニホンリスは37年間目撃・捕獲情報がなく、もっとも山口県下で絶滅が懸念される哺乳類であるが、広島県・島根県の東部中国山地での個体群の回復がみられている。絶滅危惧ⅠB類に選定されたヤマネや絶滅危惧Ⅱ類ニホンモモンガは、夜行性で警戒心が強く、生息の確認が難しい種であるが、自動撮影カメラなどの機器や調査手法の開発により、山口県内での繁殖生態や行動生態がわかってきた。翼手目13種の内10種が選定されたが、ハーブトラップやバットディテクターなどの調査手法の開発により詳細な生息状況が明らかになりつつある。トガリネズミ形目のカワネズミ、アズマモグラ、ミズラモグラは地道な捕獲調査が必要である。

 最後に、ほ乳類部会では、次の方々に御協力をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。畑間俊弘、村田満、山本輝正、栗原望、藤井直紀、衣笠淳、衣笠佳恵、松尾大輝、東加奈子、松本諒、南野佳菜子、村上恵梨、山口大学農学部細井研究室の皆様(敬称略)

【執筆者:田中 浩】

付 記

本種は海産ほ乳類であり本書の対象範囲外となるが、瀬戸内海での生息状況を注視するため、全国的な生息状況と併せ、ほ乳類の付記として記載する。

クジラ目 ネズミイルカ科 スナメリ  Neophocaena phocaenoides(Cuvier,1829)

【解説】

 スナメリは、ペルシア湾から日本にかけてのアジア沿岸域に生息する(1)。日本沿岸では、有明海–橘湾、大村湾、瀬戸内海–響灘、伊勢湾–三河湾、東京湾–仙台湾の5つの地域個体群が知られている(2)。なお、最近では、台湾、中国北部、韓国、および日本の沿岸に生息するスナメリをN.asiaeorientalisとして、N.phocaenoidesと区別することがあるが(3,4)、根拠に乏しいため、ここではN.phocaenoidesとする。

 日本沿岸のスナメリは、成獣で灰白色を呈し、体長160〜180cmになる。新生仔は、成獣よりやや暗い灰色で、体長は80cm前後である。背に背びれはなく、日本沿岸の個体は背側正中線上に1本の稜を有する。各歯列には、20本程度の歯を有する(2,5,6)

日本沿岸における生息数は、有明海–橘湾で約3,000頭、大村湾で約200頭、瀬戸内海で7,000〜9,000頭、伊勢湾–三河湾は約3,000頭、そして東京湾–仙台湾では1,000〜3,000頭と推定されている(7,8,9,10,11)

【解説執筆者:栗原 望】

(参考文献)

  1. Jefferson, T.A., Webber, M.A., and Pitman R.L. 2008. Marine mammals of the world. A
    comprehensive guide to theiridentification. Elsevier.
  2. Shirakihara, M. and Yoshioka, M. 2015. “Neophocaena asiaeorientalis (Pilleri and Gihr, 1972).” Ohdachi, S. D. et. Al, The wild mammals of Japan 2nd ed, SHOUKADOH Book Sellers, Kyoto, 506pp.
  3. Wang, J.Y., Yang, S.C., Wang, B.J., and Wang, L.S. 2010. “Distinguishing between teo species of finless porpoises (Neophocaena phocaenoides and N. asiaeorientalis).” Mammalia vol. 74: p.305-310.
  4. Jefferson, T.A. and Wang, J.Y. 2011. “Revision of the taxonomy of finless porpoises (genus Neophocaena): The existence of two species.” Journal of marine animals and their ecology vol. 4: p.3-16.
  5. Shirakihara, M., Shirakihara, K., and Takemura, A. 1992. “Records of the finless porpoise (Neophocaena phocaenoides) in the waters adjacent to Kanmon Pass, Japan.” Marine mammal science vol. 8: p.82-85.
  6. 栗原望・大池辰也・川田伸一郎・子安和弘・織田銑一. 2013. 三河湾におけるスナメリ(Neophocaena phocaenoides)の漂着記録ならびに混獲に関する記録. 哺乳類科学. 53: p.99-106.
  7. Amano, M., Nakahara, F., Hayano, A., and Shirakihara, K. 2003. “Abundance estimation of finless porpoises off the Pacific coast of eastern Japan based on aerial surveys.” Mammal study vol. 28: p.103-110
  8. Ogawa, N. and Yoshida, H. 2014. “Abundance estimation of finless porpoises in Japan.” Aquabiology vol. 36: p.182-190
  9.  Shirakihara, K., Shirakihara, M., and Yamamoto, Y. 2007. “Distribution and abundance of finless porpoise in the Inland Sea of Japan.” Marine biology vol.150: p.1025-1032
  10. Yoshida, H., Shirakihara, K., Kishino, H., and Shirakihara, M. 1997. “A population size estimation of the finless porpoise, Neophocaena phocaenoides, from aerial surveys in Ariake.” Reserch on population ecology vol. 39: p.239-247.
  11. Yoshida, H., Shirakihara, K., Kishino, H., and Shirakihara, M. 1998. “Finless porpoise abundance in Omura Bay, Japan: estimation from aerial sighting surveys.” Journal of wildlife management vol.62: p.286-291.