1-1 山口県の陸産貝類の概要
本県は、本州の最西端に位置して、南は九州、北に対馬海峡を挟んで朝鮮半島と対峙しているとともに、日本海沿岸や、一方では響灘や瀬戸内海の周防灘にも面している。県内の地形は、標高200mまでの丘陵と200mから700mまでの低山地が大部分を占め、1000m前後の山地は東部において島根県や広島県の県境付近(西中国山地)の西端が占めているにすぎない。地質学的には陸産貝類の生息にとっては好条件とは言えない花崗岩質の地域が多いために、県内における貝類相(特に陸産貝類)は比較的に貧弱である。しかし、本県の中央部には日本有数のカルスト地形の秋吉台があるために、か つては黒田(1954)が“秋吉台は石灰岩地帯の名に反かない”と記述したように、県内の他の場所に比べて多くの陸産貝類が生息していることが明らかになっている。しかし、わが国の石灰岩地域に多い固有種が知られているものの、秋吉台カルスト地形からは石灰岩洞窟の洞窟性淡水貝類以外では陸産貝類の固有種は発見されていない。
本県の貝類研究は、古くから県内に在住した研究者、または本県出身の研究者によって進められ て現在に至っている。中でも、瀧川昇平(1876~1943)、多田武一(1899~1986)、河本卓介(1900~1968)、 岡藤五郎(1924~1978)、藤原廣治(1928~2009)、土田英治(1947~2000)らの活躍によって、例え ば多くの陸産貝類(9種)、淡水産貝類(1種)で本県がタイプ産地となっていることも特筆に値する。
1995年には県別のデッドデータブックの先駆け的な『山口県の貴重な野生生物』が刊行されていたことは、この時点で全国的にみても例をみない県の事業であったと思われる。さらに2003年にはそれまでの文献調査と県下における実地調査をした結果を基にして、陸産貝類122種、淡水産貝類38種を確認して、『レッドデータブックやまぐち(貝類)』を刊行した。その内容では陸産貝類28種(選定率22.9%)、淡水産貝類12種(選定率31.5%)を選定した。今回の『レッドデータブックやまぐち2019』 は、2015年から事業を実施して年複数回にわたり重点地点などの実施調査を行ってきた。その結果を基にして、レッドリストを公表して、カテゴリによって以下のような選定を行った。
1-2 選定種の概要
本県のレッドデータブック作成にあたり、選定のためにリストアップされた陸産貝類候補種の中から、カテゴリにより絶滅(EX):2種、絶滅危惧ⅠA類(CR):8種、絶滅危惧IB類(EN):9種、絶滅危惧Ⅱ類 (VU):8種、準絶滅危惧(NT):12種、情報不足(DD):10種を選定した。
「絶滅」(EX)
本カテゴリに判定したのは県内ではすでに絶滅しており、いずれもが秋吉台コジキ穴からの半化石として記録のあった(岡藤, 1963) ヤマボタルガイとカスガコギセルの2種を初めて選定した。本州の各地では現生種があるものの、山口県からは過去に生息していたことを裏づける貴重な資料であった。
「絶滅危惧ⅠA類」(CR)
このカテゴリに所属するものとして、8種(2003年は5種)を選定したが、その内のイトウムシオイガイ、サナギガイ、カワリダネビロウドマイマイは前回(2003)の絶滅危惧ⅠB類からのランクの昇格である。これらはいずれの生息地において、棲息環境が悪化をきたしており、生息密度も極めて低いためである。ハリマムシオイガイは類似種との検討の結果、生息地が少なくなったことで新規に絶滅危惧ⅠA類に追加された。サドヤマトガイは佐渡島がタイプ産地で関東以南~九州北部に分布しており、自然度の高い森林下に稀産である。この種は本県で河本・田邊 (1956) や藤原(1990)の記録のほか、県東部でしか確認されていなかったが、その後の調査で県北部(萩市)と県西部(下関市) からも確認された。ホラアナゴマオカチグサは全国各地の石灰岩地帯の洞窟に分布しており、洞窟ごとに種分化されていると言われる真洞窟性の微小な陸産貝類である。秋芳洞、タヌキ穴などの石灰岩洞窟から記録されている。しかし、観光洞になった所では洞内の乾燥化などの環境の変化で生息個体数が激減してきている。ハンジロギセルは中国山地の山岳地帯に生息する樹上性の陸貝であるが、本県での確認は土田ほか(1978) の記録があるものの、現在では県内の他からの記録がない。タダムシ オイガイは見島の固有種であるが、一方において2003年のレッドデータブックで、見島の固有種とされたミシマヒメベッコウは研究の結果、ナミヒメベッコウのシノニムになった(湊ほか, 2018)ために今回は絶滅危惧ⅠA類から削除された。サナギガイは中国、朝鮮半島を経て西日本に不連続的に分布する大陸遺存型の微小な陸産貝類であるが、県内では西北部の海岸沿いに生息している。県内のサナギガイについては、山下・福田(1996)によって詳細に報告されたが、最新の現地調査の結果はその生息は極めて厳しいものであった。
「絶滅危惧ⅠB類」(EN)
2003年が7種に比べて、種類が増加して9種を選定した。ヒロクチコギセルとコオオベソマイマイは「絶滅危惧Ⅱ類」からの昇格である。ヒロクチコギセルは生息地域が僅少なうえに、生息地での個体数の減少が著しいためで、生息地域の保全活動を積極的ににしなければ、山口県では絶滅に至ることは必至である。また、コオオベソマイマイは全国的に広く分布する種類であるが、県内での分布は極めて狭いこと、また絶滅への危惧が高まっていることでランクの格上げをした。ヤサガタイトウムシオイガイは萩市笠山をタイプ産地として記載され、他に周辺の肥島などからも確認されたものの、個体数は少ない。イボイボナメクジ、ナタネキバサナギガイ、カサネシタラガイは全国的にも生息が限定される種類だが、これら3種は県内でも生息確認が少ないこと、種の存続の基盤が脆弱な種類のために「絶滅危惧ⅠB類」へ新規に選定した。リシケオトメマイマイは萩市をタイプ産地とし、その分布域は萩市とその周辺島嶼に限って生息するが、最近ではその生息環境の悪化によって激減してきている。
「絶滅危惧Ⅱ類」(VU)
2003年では5種を選定したが、今回はゴマオカタニシなど8種を選定した。岩国市をタイプ産地として、本県の高名な貝類研究者であった河本卓介氏に献名されているカワモトギセルは、本県を代表するキセルガイ科貝類であるが、棲息環境の悪化が影響して個体数が激減しているために、前回の準絶滅危惧 (NT) からのランクを上げて昇格させた。ダイセンニシキマイマイは中国山地の典型的なマイマイ属で県内の東部の山間地帯からのみ報告されている。さらにゴマオカタニシ、オオピルスブルムシオイ、ツシマナガキビは新規に「絶滅危惧Ⅱ類」として指定したが、特にオオピルスブリムシオイは今回の現地調査で明らかになった新種候補で、日本海沿岸の離島などから採集された。
「準絶滅危惧」(NT)
2003年に7種を選定していたが、今回は12種に増加した。なかでもクロツノナメクジ、チョウシュウシロマイマイ、イワミマイマイは近年になって本県で新たに記録された種類である。今後の調査によっては詳細な生息の状況が明らかになっていくであろう。石灰岩地域に限って生息しているクチマガリスナガイは生息地域の乾燥化によって生息環境が著しく悪化をしている。大型のマイマイ属であるイワミマイマイは山口、島根、広島の3県の西中国山地国定公園の範囲に生息しているものの、生態学的調査方法(夜間調査)などの工夫などによって調査が必要と思われる。クロツノナメクジは近年において特に注目して記録されてきたが、今後はまだまだ情報が必要である。チョウシュウシロマイマイは山口市徳地島地矢井をタイプ産地に記載されたが、外観上はコウダカシロマイマイに良く似ている。このランクには、オオウエゴマガイ、スナガイ、チビギセルなど5種が新規に選定された。
「情報不足」(DD)
このカテゴリに所属するものとして、確認された個体数が少ない種類や評価するための資料が不足している種類など、近年に鳥取県や島根県で記載されたダイオウゴマガイ、ヤマトキバサナギガイ、オオコウラナメクジ、トサギセルなどの10種類(2003年は3種)を指定しているが、その内8種が新規に選定されたものである。柳井市をタイプ産地とするコビトオオベソマイマイのように現在ではその生息を確認することができないでいる種類もある。本種については、土田ほか(1991)が考察したように、絶滅(?)という可能性もあるが、現時点では安易にそれを断定することができないでいる。
【執筆者:湊 宏】
2-1 山口県の淡水産貝類の概要
今回の改訂では、「絶滅」にカワシンジュガイにカラスガイを加え、2種とした。また、石灰岩の溶食洞・秋芳洞に生息するヌマツボ科のアキヨシミジンツボを絶滅危惧Ⅱ類から絶滅危惧ⅠB類にランクアップした。観光化による生息環境の悪化により、生貝の生息は極めてむずかしくなった。湖沼や水田、池などの底泥に生息するヒメマルマメタニシはこの間の調査によって、各地から生息が確認されている。一方、オオタニシは水深の深い湖沼などに生息することが多く、十分な調査がむずかしい。こうした点から、実態を十分に把握できていない現状を鑑み、ランクを下げた。また、これまでの調査で減少傾向を示しているものの、十分な実態把握ができていない種として、マルタニシを準絶滅危惧に、マメタニシ、ヒメヒラマキミズマイマイ、カワコザラガイ、マシジミ、ウエジママメシジミの5種を情報不足としてあげた。
2-2 選定種の概要
カテゴリにより絶滅(EX):2種、絶滅危惧ⅠA類(CR):1種、絶滅危惧ⅠB類(EN):1種、絶滅危惧Ⅱ類(VU):4種、準絶滅危惧(NT):5種、情報不(DD):5種を選定した。
「絶滅」(EX)
今回の改訂で「絶滅」と判断したのはカワシンジュガイとカラスガイの2種である。カワシンジュガイは世界的にも遺存的分布をしていて生物地理学的にも名高い寒地性二枚貝で、山間地にある清流の砂礫の間に後背を上にして立って生息する。本県においては、河本(1928a, b)によって報告され、当時は本種の最南限生息地として話題になった。しかし、その生息地は自然災害や河川の改修等により、1966年(昭和41年)に1個体採集されたのを最後に生息は確認されておらず、絶滅したと判断した。大型の二枚貝であるカラスガイは、かつて萩市内を流れる堀川での記録(河本・田邊, 1956)がある。最近の記録では山口市徳地で1個体(福田, 2002)の記録があるが、一時的な生息で、以後当地での確認はされていない(同前)。河川改修や溜池等の減少・荒廃により生息環境が激減している。ドブガイ類の生息の情報はわずかに見られるが、カラスガイの情報は皆無であり、絶滅したと判断した。
「絶滅危惧ⅠA類」(CR)
このカテゴリに所属するものとして、フネドブガイ1種を選定した。本種は1990年に山口県阿武町福賀長沢堤で発見され、日本新記録となった(波部・増野, 1991)。その後、ドブガイ類の形態的、分子的研究が行われ、ドブガイC型とされている(木村・福原, 1996)。今日では全国の数県からフネドブガイと考えられる個体が記録されている(近藤, 2008; 近藤ら, 2013)。山口県内では阿武町以外では記録がなく、貴重な形態をもつ個体である。生息環境の悪化や荒廃が心配される。
「絶滅危惧ⅠB類」(EN)
このカテゴリーに属するものとして2003年では所属がなかったが、今回アキヨシミジンツボをⅡ類からランクアップした。属名(Akiyoshia)に「秋吉」を冠するアキヨシミジンツボは、洞窟の奥深い闇の地下水系に生息する盲目の微小な巻き貝である。タイプ産地は秋芳洞。石灰岩地帯の溶食洞に固有の本種は、観光化に伴う照度、外気の流入、湿度、地下水の流量など生息環境が激変しており、絶滅の危険度が増している。
「絶滅危惧Ⅱ類」(VU)
2003年では6種を選定したが、今回はクルマヒラマキガイなど4種を選定した。クルマヒラマキガイは関西から八重山諸島まで不連続的に分布している。本県においての分布は瀬戸内海側に限定されていると考えられていたが、その後の調査で県西部にも生息していることがわかった。しかし、その生息は局所的である。生息地が溜池、水田、用水路等であるため、同様な環境に生息するマツカサガイ、ニセマツカサガイ、イシガイなどの二枚貝も、護岸改修、圃場整備などによって生息は脅かされている。マツカサガ、ニセマツカサガイ、イシガイの生息記録も情報も極めて少なく、詳細な調査が必要である。
「準絶滅危惧」(NT)
2003年に1種を選定していたが、今回は5種に増加した。ホラアナミジンニナは紀伊半島から山口県、島根県、四国、九州北部に分布する微小な淡水巻き貝である。和名に「ホラアナ」と冠されているように高知県龍河洞で最初に見つかったが、その後、前述した地域の山間地域の細流でも見つかり、2~3の名前が付けられた。かつて秋吉台の大久保平の出水穴からの個体はアキヨシホラアナミジンニナと命名されたが、今日ではホラアナミジンニナの同種異名とされ、県内に比較的広く分布する。中型の二枚貝であるカタハガイは、山口市の記録(福田・福田, 1995)があるのみで、詳細な調査が必要である。オオタニシやマルタニシは、水深のある溜池等に生息し、十分な調査が実施されておらず、情報は不十分である。ヒメマルマメタニシはその後の調査で、各地の水田等で確認され産地は増えている。
「情報不足」(DD)
このカテゴリに所属するものとして、確認された個体数が少ない種類や評価するための資料が不足している5種類を選定した。いずれも記録が少なく、生息の状況が十分に把握できていない。しかし、希少であり生息数が少ない種ではある。今後の詳細な調査により、情報の収集が必要である。マシジミはかつては各地の河川や用水路に普通に見られたが、近年、食用として移入された外来のシジミ類に置き換わっている。市街地で見受けるシジミ類は、ほとんどが外来シジミである。稀に河川上流域や大堤の底泥に巨大なマシジミが発見されることがある。
最後に、レッドデータブックの掲載種の選定にあたり、現地調査への協力、貴重な調査記録や文献の提供をいただいた多くの方々に対し、この場を借りてお礼を申し上げる。
【執筆者:増野 和幸】