山口県の淡水産魚類の概要

 山口県は本州最西端にあって瀬戸内海及び日本海の2海域に面しており、暖流(黒潮)の影響をわずかしか受けない瀬戸内海側に対して、日本海側は対馬暖流の影響を強く受けている。両海域斜面は中国山地を分水嶺とし、1級、2級、準用河川を合計すると720河川が流れ、地勢を反映して様々な淡水魚類が分布する(4,6)

 従来、山口県を含む西日本は純淡水魚の分布区として古黄河区に含まれ、鮮新世の海退期に現在の中部地方から九州北部及び西部にかけて存在していた第二瀬戸内湖が古黄河と連結(12)していた事により魚類相が形成されたと考えられている(43)。さらに最終氷河期には海面降下によって瀬戸内海が干上がり、主に東瀬戸内ならびに中・西瀬戸内の二大水系が出現したとされ(32)、山口県はその後者の水系と関係した純淡水魚類相を示している可能性がある。日本の純淡水魚類の分布パターンに関する地域固有性の最節約分析(59)によっても、山口県を含む西瀬戸内海沿岸部は四国瀬戸内海沿岸や九州北部と近しい関係にある事が示されている。ただし、九州北部の筑後川水系に匹敵するほどの大きな水系の存在しない山口県や愛媛県、香川県は、九州北部に比べて純淡水魚類相がより貧弱である事が特徴であろう。

 加えて、山口県においても中国山地の分水嶺を挟んでの河川争奪(錦川・高津川間など)があったとされ(13)、それを介しての水系間の淡水魚の移動も認められている(44)。そうして形成された純淡水魚類相に、瀬戸内海側及び日本海側のそれぞれに特有な通し回遊魚(遡河、降河及び両側回遊魚がある)、及び対馬暖流を遡ってくる北方系の通し回遊魚が加わっている。その上、アユ等の種苗放流に伴う混入や釣り目的等の闇放流、さらには有志家等の善意に基づく誤った放流による国外・国内外来魚が加わる事によって、山口県の淡水魚類相が成り立っていると考えられる。

 山口県の淡水魚類相の最初の網羅的な報告(21)では26科67種がリストされている。20年後の報告では34科101種が記録された(2)。さらに11年後の「レッドデータブックやまぐち」(60)では41科125種(一時的な記録種12種を含む)、そしてこの度は43科144種(一時的な記録種13種を含む)をリストした。分布種の増大には、年を追って調査が綿密かつ広範に行われてきた事もさることながら、研究の進歩により新種が判明したり、新たな通し回遊魚が発見されたりしてきた事の他、外来魚の増加が大きく関わっているものと考えられる。

 「レッドデータブックやまぐち」(60)では、絶滅危惧IA類(CR)2種、絶滅危惧IB類(EN)10種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)4種、及び情報不足(DD)4種が掲載されていたが、この度の改訂においては絶滅危惧IA類(CR)15種、絶滅危惧IB類(EN)14種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)4種、準絶滅危惧種(NT)3種、及び情報不足(DD)4種と、種数が大幅に増加した。治水のための河川工事や河川横断構造物の工事に加えて、近年しばしば起こっている集中豪雨及びその被害河川の改修工事やそれに伴う水質悪化などもこの事に拍車をかけている可能性がある。河川改修工事の際には、できるだけ様々な魚類の生息可能な河川環境構造を保全し、土砂流出等の水質悪化を極力避ける配慮が必要であろう。また、通し回遊魚の生活史を完結させるために、河口域のみならず河口近辺の沿岸環境の保全も重要であると考えられる。さらに、淡水魚マニアまたはマニア向けの販売業者による密漁の増加も無視できない。効果的な密漁対策立案が望まれる。有志による善意放流の悪影響についても、その在来個体群に対する遺伝子汚染や駆逐等の負の効果について普及啓発して行くべきであろう。

 レッドデータブックやまぐちの改訂にあたり、調査とリスト作り、及び各絶滅危惧種の解説をまず畑間が担当し、酒井が監修した。なお、本編の絶滅危惧種は全国的なものとは限らず、あくまでも山口県としてのものである。最後に、現地調査への協力や助言、貴重な文献等の提供をいただいた関係者に対し、深く感謝を申し上げる。

【執筆者:酒井治己】

執筆分担

調査、リスト作成、種の解説:畑間俊弘
監修:酒井治己