本州の西端に位置する山口県の河川や湖沼など淡水域にみられる甲殻十脚類(エビ•カニ類)は、エビ類ではテナガエビ科の4種、スジエビ、テナガエビ、ミナミテナガエビ、ヒラテテナガエビとヌマエビ科の6種、ヌマエビ、ミナミヌマエビ、ミゾレヌマエビ、ヤマトヌマエビ、トゲナシヌマエビ、ヒメヌマエビがある。カニ類はサワガニ科のサワガニとモクズガニ科のモクズガニの2種だけである。このほかザリガニ類はアメリカザリガニの1種である。これは本来アメリカから移入された種であり、以前は飼育されていたが、現在では本州、四国、九州などで野生化し、河川などで普通にみられる。今回の調査でもこれらの種は県内各地で出現が確認された。なお、モクズガニは水産上の重要種である。人工種苗生産をし、河川に放流しているところもある。また、テナガエビ科の4種はかなりの大きさがあり、地域により食用とされている。
これら甲殻十脚類は、生活型により大きく二つに分けられる。一つは幼生の発達に塩分を必要とするグループである。成体が河川などの淡水域で生育•繁殖し、抱卵した雌が河川を下り、海域に達してそこで幼生を放す場合と、河川で母親から放された幼生が流れにのって河川を下り海に達する場合である。いずれも幼生時期を海で過ごし、変態を終え稚エビや稚ガニになって河川を遡る。したがって、長い幼生期を持つ種では塩分のある水域でないと発生が進まないので、淡水だけの飼育水槽では繁殖ができず、世代を繋ぐことはできない。小型の卵を多く持ち、小卵多産型である。一般に通し回遊型と呼ばれている。大部分の種が分布の中心を南方に持ち、分布が広く日本は分布の北限にあたる。
もう一方の非通し回遊型はいわゆる「陸封種」で、幼生や稚エビ・稚ガニの発達に塩分を必要とせず、淡水域だけで生活史を終えることができる。種数は限られるが、各グループにみられ、スジエビ、テナガエビ、ミナミヌマエビ、サワガニが含まれる。アメリカザリガニは移入種であるが、生育に海水を必要としない。これらの卵はいずれも類縁種より卵黄が多く、大きい卵になり、1雌の抱卵数が少ない大卵少産型である。島嶼や陸域の一部に固有である。
これらとは別に、河川の感潮域や海岸に近い陸域に出現する甲殻十脚類がある。エビ類では若齢個体を中心にヨシエビ(クルマエビ科)とコシマガリモエビ(モエビ科)、異尾類ではニホンスナモグリ(スナモグリ科)とアナジャコ(アナジャコ科)の2科2種、カニ類の4科9種、ヒライソガニ(モクズガニ科)、ケフサイソガニ(モクズガニ科)、アシハラガニ(モクズガニ科)、フタバカクガニ(ベンケイガニ科)、ムツハアリアケガニ(ムツハアリアケガニ科)、アリアケモドキ(ムツハアリアケガニ科)、ガザミ(ガザミ科)が報告されている。ベンケイガニ科の2種、アカテガニとクロベンケイガニは成体が沿岸域に居穴生活をしている。それ以外の種は生息域が沿岸部であったり、干潟であったり、分布の中心は海域で、河川などの淡水域には出現しない。居穴性の2種も幼生を満潮の引き潮時に放すなど海域との関連が深い。詳しい調査は行われていないが、著しい減少は起こっていないと思われる。
これ以外の甲殻類では端脚類のなかに、情報不足として6種が知られている。これらの中にはクラモトホラワラジムシのように佐々連洞から採集された標本だけしか知られていない種やニホンハマワラジムシのように模式標本のなかに県内産の標本が含まれている種などあるが、いずれも十分に調査が行われていない。
これら等脚目についての情報は主として布村 昇氏(旧富山市立博物館・金沢大学)にご教授いただいた。また、エビ類については県内の河川を詳細に調査された畑間俊弘氏(山口県水産研究センター)と共同研究者の報告を参照し、畑間氏からは貴重な情報を頂戴した。布村 昇・畑間俊弘各氏にお礼申し上げる。また今回、県内各地で現場調査を行い、標本採集、種の同定、写真撮影などの労を執られた荒木 晶氏(水産大学校)に深甚なる謝意を表する。
【執筆者:林 健一】