本州の最西端に位置する山口県は、瀬戸内海、響灘、日本海と三方を海に接し、海岸線の総延長は673㎞と全国屈指の複雑かつ長い海岸線を持っており、島嶼も多い。一方山地については、中国山脈の西端に位置し広島・島根県境である本県の北東部で急に低くなっており、寂地山1337m、小五郎山1162m、羅漢山1109m、平家ヶ岳1066m、鬼ヶ城山1031m、莇ヶ岳1004mなど標高1000mを超える山地は山口県内ではこの地域だけであり、西部では大部分は低い高原状山地、丘陵性台地と平地によって占められている(1)。
県内には、鳥類の生息に適した多様な環境があることや、中国や朝鮮半島とも近く、渡りのコースにもなっていることから渡り鳥の渡来も多い。
山口県内で記録された鳥類は、2017年2月現在で21目73科404種にものぼり、このうち写真記録のあるものは21目69科375種である(2-3)。また、山口県で繁殖確認あるいは繁殖の可能性のある鳥類は、17目46科104種が記録されている(4)。この他に自然分布しない場所に人為的に導入された種(外来鳥)として8目11科31種が報告されている(5)。
2002年にレッドデータブックやまぐち(6)が発刊された時点の山口県産鳥類目録(7-8)では18目66科374種、山口県産繁殖鳥類リスト(9-10)は14目38科92種であり大幅に増加している。これは我が国の鳥類学の発展や詳細な識別図鑑の刊行、高性能な撮影機材の普及やバーダーの識別能力の向上によるところが大きい。
このように、山口県には多くの鳥類が生息し繁殖するが、近年繁殖が記録されなくなったものや、生息数が減少した種も少なくない。そこで、山口県に生息する生物(鳥類)を末永く未来に引き継いでいくためにも、その現状を調査・分析し、減少傾向が著しい種、絶滅のおそれのある種を山口県版レッドデータブックの掲載種としてリストアップし、保護対策を講じることの意義は大きい。
このような観点から前回、2002年のレッドデータブックやまぐち(6)では、鳥類については102種が選定された。内訳は絶滅種(EX)2種、絶滅危惧ⅠA類(CR)11種、絶滅危惧ⅠB類(EN)4種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)22種、準絶滅危惧種(NT)63種であった。
今回、改訂版のレッドデータブックやまぐち2019を作成するのにあたって、鳥類専門部会では環境省(11)が示したレッドリストカテゴリーと判定基準による定量的要件、定性的要件に準拠する様に努めた。そのための基礎資料として文献調査と現地調査を行った。文献調査では日本野鳥の会山口県支部が継続収集している野鳥観察情報のデータベースや継続調査している春と秋の渡り期におけるシギ・チドリ類県内一斉調査、同じくガン・カモ・ハクチョウ類県内一斉調査、探鳥会記録、会誌の山口野鳥、やまぐち野鳥だより、県自然保護課の実施した鳥獣保護区等設定効果調査結果、傷病鳥保護業務実績報告等も参考とした。現地調査では山口県内全域を対象に国土地理院発行の1/25,000地形図を上下、左右4等分した区画を単位とした約300地点について、鳥類の繁殖期にあたる4~8月、越冬期の12~2月の時期にそれぞれ最低各1回の調査を実施した。同様な調査は繁殖期については1990年代、2000年代と過去2回の実施、越冬期については2000年代に行っており、これ等の情報と今回の調査結果を繁殖分布地図、冬鳥生息地図化して比較した。
以上の結果をもとに選定した改訂版のレッドデータブックやまぐち2019の鳥類は別記の104種である。内訳は絶滅(EX)として古文書に記載(12-18)の残るトキ1種、絶滅危惧ⅠA類(CR)は山口県の県鳥のナベヅルやブッポウソウ等11種、絶滅危惧ⅠB類(EN)は食物連鎖の頂点に立つ森林性のクマタカ、減少傾向が極めて顕著なヤマドリ等5種、絶滅危惧Ⅱ類(VU)はツクシガモ、ズグロカモメ、カラスバト等の他、かつては里山の代表的な夏鳥のサシバや河原や砂州でよく見られたシロチドリを含む28種、準絶滅危惧種(NT)は57種で、湖沼を代表するカイツブリ、水田や畑地帯に見られるタマシギ、ヒバリ、夏鳥のササゴイ、カッコウ、オオヨシキリ、アオバズク、冬鳥のマガン、ヨシガモ、ツリスガラ、オオジュリン等が調査によって減少傾向が確認されたため選定された。情報不足(DD)は2種である。
掲載種リストの変更点は、リストからの除外種はなく、新たにミソサザイ、オオジュリンの2種を準絶滅危惧種(NT)として追加。カテゴリーの変更種は大正時代以降記録の無かったタンチョウが2007-2008年に幼鳥1羽が飛来越冬(2)したことで絶滅種(EX)→絶滅危惧ⅠA類(CR)に変更、チュウヒを絶滅危惧Ⅱ類(VU)→絶滅危惧ⅠB類(EN)に変更、準絶滅危惧種(NT)→絶滅危惧Ⅱ類(VU)の変更がウズラ、オオミズナギドリ、ヨシゴイ、ミゾゴイ、クロサギ、ハチクマ、ヤマセミの7種、情報不足(DD)としてヒメクロウミツバメとアカモズの2種である。
環境別に掲載種を概観すると、商業施設の建設や宅地化、太陽光等の再生可能エネルギー施設の建設等で県内での減少傾向が著しいヨシ原に生息するチュウヒ、ハイイロチュウヒ、ヨシゴイ、ヒクイナ、オオヨシキリ、オオジュリン、ツリスガラ、ホオアカ。ハス田などの湿地や干潟に渡り期に渡来するヘラシギ、アカアシシギ、セイタカシギ、ホウロクシギや、越冬のためにやって来るヘラサギ、クロツラヘラサギ、マガン、ヨシガモ、ツクシガモ、ズグロカモメ。これらの場所は埋め立てられ宅地、工業用地、農地等に変わり、最近ではそれらの場所にも太陽光の再生可能エネルギー施設が建設され始め、次々と消失している。湖沼に生息するカイツブリ、トモエガモ、オオバン。越冬のためダム湖等に飛来するオシドリ。ここでは富栄養化、ブラックバス等の外来魚の侵入、湖沼への釣りのためのボートの乗り入れ等が、個体数の減少や餌資源の減少、生息環境の悪化をまねいている。河川上流部のアカショウビン、ヤマセミ、カワガラス、ミソサザイ。中下流域のシロチドリ、イカルチドリ、コアジサシ。護岸のコンクリート化が進み、特に中下流域では自然のままの所はほとんど無くなっている。水田・畑のチュウサギ、ヒバリ、ヒシクイ、マガン、タマシギ、ナベヅル。農薬使用による餌資源の減少や生物濃縮、減反による荒廃は特に山間の棚田で著しい。里山のサシバ、オオタカ、ヤマドリ、ノスリ。農業・林業従事者の高齢化等による荒廃やマツクイムシ等による営巣に適した壮齢樹の減少。山地にはクマタカ、ハチクマ、ブッポウソウ、サンコウチョウ、オオルリ、センダイムシクイ、サンショウクイ、ヤイロチョウ。営巣木の減少等の他、夏鳥の多くは越冬地である東南アジアの大規模な森林伐採等の環境破壊による減少も一因と考えられる。島嶼・岩礁ではカラスバト、オオミズナギドリ、クロサギ、ミサゴ、ウミネコ等の繁殖が確認され、ヒメウ、ミヤコドリなどが越冬しており、比較的良好な状況が維持されているが、釣等で気付かないうちに人が営巣環境に入り繁殖を阻害する可能性がある。また、島嶼環境の変化やイノシシや捕食性の哺乳類、例えばクマネズミ、は虫類等が島に侵入した場合には、営巣環境の破壊や雛や卵の捕食により個体数の激減が予想される。
このように、レッドデータブック掲載種の中には、つい最近まで身近だった野鳥も数多く含まれている。山口県版のレッドデータブックが改訂された機会に、選定された種を含めた多様な生物が生息できる豊かな環境を保全する効果的な保護策が実施されることを期待したい。
最後に、レッドデータブックの掲載種の選定にあたり、現地調査、文献調査にご協力いただいた日本野鳥の会山口県支部の会員の方々、観察記録や写真の提供をいただいた多くの方々の協力に対し、この場を借りてお礼申し上げる。
【執筆者:小林 繁樹】